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シニアコーラスフェスティバルin長崎の講評から思うこと


先日の「シニアコーラスフェスティバルin長崎」では、二人の講師の先生方から大変ありがたい講評をいただきました。


後日、文書で届いた鈴木憲夫先生の講評には、


充実した混声の響きですね。格調さえ感じます。

二曲目、とても良い曲ですね。皆さんの演奏故だと思います。

より感銘度の高い演奏の工夫もして頂きたい。

それは言葉の表現です。

読むように歌うのではなく、語りかけるような表現もいかがでしょう。

期待しています。


とありました。


また、当日直接お聞きした尼﨑裕子先生からは、


全ての出だしがピタっと合っていて、指揮者と合唱団の皆さんの一体感が伝わってきました。

発声もハーモニーも日ごろの成果が発揮され、全体として素晴らしい合唱でした。

欲を言うなら、歌には余白も大切なので、そのために、客観的にご自分の声を聴く力をつけていくことなど今後そういったところを工夫なさるともっと良い演奏になると思います。

(以上、聞き覚え書きですので、お分かりになる方は付加修正をお願いします。)


というお言葉をいただきました。


私は、このお二人の先生のご指摘には共通するものがあるように感じました。


鈴木先生の

「歌うのではなく、語りかけるような表現」


そして尼﨑先生の

「歌には余白も大切、自分の声を客観時に聞く」


どちらも、“音を並べる”ことを超えて、“心を届ける”歌へ向かうための言葉のように思えます。


しかし、これは本当に難しいことでもあります。


音程やリズムを揃えること、発声を整えること、一体感を作ること。

それだけでも簡単なことではありません。


けれど、その先にある「語りかけるように歌うこと」や「余白を感じさせる表現」は、技術だけでは届かない世界なのかもしれません。


そんなことを考えていた時、私の心に浮かんだのが、「星巡りの歌(詩・曲 宮沢賢治)」でした。


この曲は、当合唱団が約10年前、40周年記念演奏会で歌った思い出深い曲です。

個人的には、とても難しい曲という印象を持っていました。


その「星巡りの歌」を、歌手ではない二人の女優さんが歌っているのを聴き、私は深く心を動かされました。


一人は、東京オリンピック閉会式で歌われた大竹しのぶさん。


もう一人は、映画「あなたへ」の中で歌われた田中裕子さんです。


どちらも、いわゆる“上手に歌う”というだけではない、不思議な力を感じました。


語りかけるようでありながら、押しつけがましくなく、静かな余白がある。

その余白の中に、聴く人それぞれの思いや記憶が自然に入り込めるような歌でした。

(「お前が言うな」と団員のみなさんからヤジが聞こえてきそうです^^;)


もしかすると、私たちがこれから目指していく合唱も、そういう世界なのかもしれません。


もちろん簡単にはできません。

だからこそ、挑戦し続ける価値があるのだと思います。


今回いただいた講評を励みにしながら、これからも「心に届く歌」を少しずつ追い求めていきたいと思います。

 
 
 

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